投資家も注目。人的資本開示が企業価値を高める3つの理由
人的資本開示は、単なる法令遵守を超え、企業が持続的に成長し、市場からの評価を高めるための「攻めの戦略」です。この新たな経営アプローチがなぜ重要視され、企業価値向上に直結するのか、その3つの理由を専門的な視点から解説します。
理由1:義務化というルール(有価証券報告書での記載)
2023年3月期決算から、有価証券報告書を発行する上場企業約4,000社に対し、人的資本に関する情報開示が義務化されました。この義務化によって、人材育成方針や社内環境整備方針に加え、「女性管理職比率」「男性の育児休業取得率」「男女間賃金格差」といった多様性に関する指標の公開が必須となりました。これは、日本企業が「人」をコストではなく「資本」として捉え、その価値を最大化する経営へと舵を切ることを強く促すものであり、企業報告のあり方を大きく変革する転換点です。質高く説得力のある情報を開示することが、企業の競争力を左右する新たな基準となったのです。
理由2:投資家の評価基準(ESG投資と非財務情報)
近年、世界の投資市場では、財務情報だけでなくESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みを重視する「ESG投資」が主流です。「S」(社会)の要素において、人的資本は企業の持続可能性と成長性を測る上で極めて重要です。従業員エンゲージメント、多様な人材活用、人材育成への投資といった非財務情報は、企業のレジリエンスやイノベーション創出力、中長期的なリスクマネジメント能力を示す指標として、投資判断に大きな影響を与えています。例えば、欧米の主要な年金基金や資産運用会社は、投資先の選定で人的資本に関する詳細なデータや戦略を重視します。データに基づいた透明性の高い人的資本開示は、投資家からの信頼と評価を獲得し、資金調達の優位性や企業価値向上に直結する強力な武器となるのです。
理由3:持続的成長の鍵(人材戦略の可視化)
人的資本開示は、外部への報告義務だけでなく、企業内部における人材戦略を再構築し、持続的な成長を加速させる強力なツールです。開示プロセスを通じて、企業は自社の人的資本の現状を客観的に分析し、強みと弱みを明確に把握できます。例えば、研修投資が従業員のスキル向上やエンゲージメントにどう影響したか、育児休業制度の利用率向上とそれが組織全体の生産性や離職率に与える好影響など、具体的な施策と成果をデータと共に語ることで、企業の魅力と成長性を社内外に効果的にアピールできます。この自己分析と可視化のプロセスは、経営層が人材戦略をより深く理解し、データに基づいた意思決定を行うきっかけとなり、結果として最適な人材配置、生産性の向上、新たな価値創造へと繋がり、企業の競争優位性を長期的に確立するための不可欠な要素となるのです。
【一覧表あり】人的資本開示の7分野19項目。各指標について解説
人的資本開示の義務化に伴い、企業がどのような情報を開示すべきか、その全体像を把握することは極めて重要です。金融庁が公表している「人的資本可視化指針」では、開示が推奨される項目を7分野19項目に分類しており、これらを網羅的に理解することが、質の高い開示を実現する第一歩となります。以下にその一覧表を示します。
分野 | 主な開示項目例 |
---|---|
人材育成 | リーダーシップ、育成、スキル・経験 |
エンゲージメント | エンゲージメント |
流動性 | 採用、維持、サクセッション |
ダイバーシティ | ダイバーシティ、非差別、育児休業 |
健康・安全 | 精神的健康、身体的健康、安全 |
労働慣行 | 労働慣行、児童労働・強制労働、賃金の公平性、福利厚生、組合との関係 |
コンプライアンス・倫理 | コンプライアンス・倫理 |
これらの7分野は、企業の人的資本に関する多角的な側面を捉えるためのフレームワークを提供します。企業が持続的な成長を遂げ、競争力を高める上で重要な各分野について、以下に詳しく解説します。
人材育成
人材育成は、企業の持続的成長に不可欠な要素であり、従業員のリーダーシップ開発、専門スキルの育成、新たなスキル・経験習得支援など多岐にわたります。現代のビジネス環境は変化が激しく、従業員が常に最新の知識や技術を身につけることが、企業の競争力を維持・向上させる上で極めて重要です。例えば、デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する企業では、従業員のITリテラシーやデータ分析能力の向上が急務であり、これに対する投資額や研修参加率の開示は、企業の将来性を示す重要な指標となります。人材育成への積極的な投資は、従業員のエンゲージメントを高め、離職率を低下させるだけでなく、新たな事業機会の創出やイノベーションの促進にも寄与します。企業がどのように人材に投資し、その成長を支援しているかを具体的に示すことは、投資家や求職者に対して企業の魅力を伝える上で不可欠な要素となります。
エンゲージメント
エンゲージメントは、従業員が自社の目標やビジョンに共感し、その達成に向けて自律的に貢献しようとする意欲や熱意の度合いを指します。この分野の主要な指標はエンゲージメントそのものです。エンゲージメントが高い従業員は、生産性が高く、離職率が低い傾向にあることが多くの調査で示されています。例えば、ギャラップ社の調査では、エンゲージメントの高いチームはそうでないチームに比べて生産性が21%高く、離職率が低いという結果が出ています。しかし、エンゲージメントはアンケート調査だけでは真の姿を捉えきれないことがあります。エンゲージメント向上のためには、まず従業員が働きやすい環境を整えることが大前提です。その第一歩が、実態に即した労働環境の把握です。従業員が実際にどのように働き、どのような状況に置かれているかを客観的なデータで把握することが、真のエンゲージメント向上施策を立案する上で不可欠な論拠となります。
流動性
流動性とは、企業における人材の採用、組織内での維持、そしてサクセッション(後継者育成)といった人材の動きを指します。適切な人材の流動性は、組織の活性化、新たな知見の導入、そして組織全体の適応能力を高める上で重要です。例えば、高い離職率は、企業の労働環境や文化に問題がある可能性を示唆し、投資家にとってはリスク要因と見なされます。一方で、優秀な人材を組織内に維持し、次世代のリーダーを計画的に育成する取り組みは、企業の将来的な安定性と成長性を示す強力なシグナルとなります。企業がどのように優秀な人材を獲得し、維持し、そして組織内で最適に配置しているかを示すことは、企業の持続的な成長戦略を裏付ける重要な情報となります。
ダイバーシティ
ダイバーシティは、性別、年齢、国籍、障がい、性的指向、価値観など、多様な背景を持つ人材を積極的に採用し、活用していく企業の取り組みを指します。これには、非差別の原則に基づいた公平な機会提供や、育児休業の取得促進などが含まれます。多様な人材が働く組織は、異なる視点やアイデアが生まれやすく、イノベーション創出や複雑な問題解決能力が高まるとされています。例えば、女性管理職比率の向上は、企業の意思決定層に多様な視点を取り入れることで、より包括的な経営判断に繋がると評価されます。また、男女間賃金格差の是正や育児休業取得率の向上は、公平な機会提供とワークライフバランスへのコミットメントを示し、企業の社会的責任と魅力を高めます。
健康・安全(ウェルビーイング)
従業員の心身の健康、すなわちウェルビーイングは、企業の持続可能性に直結する最も基本的な人的資本です。この分野では、従業員の精神的健康と身体的健康、そして職場全体の安全確保への取り組みが問われます。ウェルビーイングが高い従業員は、モチベーションが高く、創造性も発揮しやすいとされます。逆に、長時間労働や過度なストレスは、健康を損ない、生産性低下や離職に繋がります。経済産業省の「健康経営優良法人」認定制度など、日本でも健康経営への関心が高まっていますが、その実効性には、長時間労働のような客観的なリスク指標を正確に把握できているかが問われます。例えば、PCログデータから実際の労働時間を把握し、過重労働の兆候を早期に発見することは、従業員のウェルビーイングを確保し、ひいては企業の持続的な成長を支える上で不可欠な取り組みと言えるでしょう。
労働慣行
労働慣行は、企業における労働時間管理、ハラスメント対策、労働安全衛生など、従業員の働き方や職場環境に関する具体的な慣行やルールを指します。具体的には、児童労働・強制労働の排除、賃金の公平性、充実した福利厚生、そして組合との関係などが重要な開示項目です。健全な労働慣行は、従業員の心身の健康維持、生産性向上、企業レピュテーション維持に不可欠です。例えば、長時間労働の常態化は、従業員の疲弊を招き、離職率の増加やメンタルヘルスの問題に繋がりかねません。また、ハラスメントの放置は、組織の士気を低下させ、企業の法的リスクを高めることになります。これらの課題は、アンケート調査のような主観的な情報だけでは実態を正確に捉えきれないことがあります。労働慣行の改善には、PCログデータなど客観的なデータで労働実態を把握し、過重労働や非効率な業務プロセスを特定することが不可欠です。
コンプライアンス・倫理
コンプライアンス・倫理は、企業が事業活動を行う上で遵守すべき法令、社内規定、そして社会的な倫理規範全般を指します。これには、贈収賄防止、情報セキュリティ、公正な競争、個人情報保護などが含まれます。高いコンプライアンス意識と倫理的な行動は、企業の信頼性を高め、レピュテーションリスクを低減する上で極めて重要です。特に、従業員による不正行為や情報漏洩は、企業のブランド価値を著しく損なう可能性があります。企業がどのように従業員にコンプライアンス教育を実施し、倫理的な行動を奨励しているか、また違反行為を早期に発見し対処する体制を構築しているかを示すことは、投資家やステークホルダーに対する企業の健全性を示す重要な要素となります。
情報開示を実施するための4つのポイント
「開示義務化されたが、具体的な情報がない」「何をどう対処すればいいか分からない」――多くの企業担当者が抱える悩みを解決し、開示を成功に導くための実践的な4つのポイントをご紹介します。これらは、義務を果たすだけでなく、開示を企業価値向上に繋げるための具体的なロードマップとなるでしょう。
ポイント1:【最重要】客観的データで「仕事」を可視化する
人的資本開示の成功は、現状を正確に把握することから始まります。自己申告型の勤怠データやアンケートだけでは、業務の実態や負荷、ウェルビーイングの真の姿を捉えることは困難ですし、特にテレワークが普及した現代では、「見えない仕事」が常態化し、従業員の実際の働き方や生産性、心身の負担を正確に把握することが喫緊の課題です。この解決に不可欠なのが、PCログを活用した客観的な労働実態の把握です。PCの起動・終了時間、利用アプリ、作業内容、無操作時間といった詳細なデータを自動収集・分析することで、従業員一人ひとりの「仕事の質と量」を正確かつ客観的に可視化できます。特定の業務への負荷集中、非効率な作業プロセス、休憩不足といった問題点がデータとして明確に浮き彫りになります。
MITERAS仕事可視化はPCログを用いて客観的な勤務実態の把握が可能です。
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ポイント2:データから「ウェルビーイング」の課題を特定する
ポイント1で得た客観的な労働時間データは、従業員のウェルビーイングやエンゲージメントに関する潜在的な課題特定に役立ちます。総労働時間だけでなく、詳細なデータ分析を通じて具体的なリスク要因を読み解くことが可能です。例えば、特定の部署で恒常的に月間80時間を超える時間外労働が発生している場合、過重労働による心身の疲弊を示唆します。深夜帯や休日にも PC 稼働が頻繁に見られる場合、ワークライフバランスの崩壊や燃え尽き症候群のリスクが高まっている可能性があります。また、業務時間中に特定の非業務アプリの利用が頻繁に見られる、あるいは長時間にわたる無操作時間が継続しているといったデータは、集中力の低下、エンゲージメントの欠如、適切な休憩が取れていない可能性を示唆します。これらの客観的なデータから、心身の健康リスク、エンゲージメント低下、生産性阻害といった具体的な課題を論理的に特定し、優先順位をつけて改善策を検討することが可能になります。
ポイント3:課題解決の「ストーリー」を構築する
人的資本開示において、単に数字を羅列するだけでは投資家やステークホルダーの心には響きません。ポイント2で特定した課題に対し、「どのような施策を打ち、どう改善していくのか」という前向きな「ストーリー」を組み立てることが極めて重要です。このストーリーこそが、開示情報に血を通わせ、説得力を持たせる核となります。
例えば、「業務データ分析により、〇〇部署の月平均時間外労働が●時間と判明。これは特定の業務に負荷が集中していることが原因と考えられ、ウェルビーイングを阻害するリスクがありました。そこで、業務効率化ツール導入と人員配置の見直しを行い、時間外労働を20%削減することを目指します。」といった具体的な物語を構築します。
このように、課題発見から施策立案、目標設定、そしてその後の効果測定までを、開示情報が単なる過去の報告ではなく、企業の未来に向けた戦略的な取り組みとして語られ、投資家からの信頼と期待を高めることに繋がります。
ポイント4:開示と社内へのフィードバック
構築したストーリーと、それを裏付ける具体的なデータを、有価証券報告書や統合報告書に記載し、社内外に開示します。この開示は、外部への説明責任を果たすだけでなく、社内に対しても積極的にフィードバックを行うことで、従業員のエンゲージメント向上や組織文化の醸成に繋がる重要な機会となります。例えば、部署ごとの業務負荷データや、施策による改善状況を定期的に共有することで、従業員自身が働き方を見直すきっかけを提供し、現場主導の改善活動を促進できます。ただし、データの開示方法には細心の注意が必要です。従業員が「監視されている」と感じるような開示は、かえってエンゲージメントを低下させるリスクがあります。
MITERAS仕事可視化は従業員に優しいPCログデータを取得可能ですエンゲージメントの向上に役立てられます。
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